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特集/[にいがた花物語
「花」の輪広げ2年目へ 07年キックオフミーティング

パネルディスカッション  県内各地に散らばる「花場」や、それを守り育てる「花人」をつなぎ、震災からの復興や交流人口拡大、地域活性化を図ろうと、 新潟日報社と県観光協会などが協力して始められた県民キャンペーン「にいがた花物語」が開始2年目を迎えた。
 花の季節本番を前に、その皮切りとなる「新潟花人会議」のキックオフミーティングが18日、新潟市の朱鷺メッセで開かれた。 会場には花を愛する多くの「花人」たちが集い、歌人馬場あき子さんの基調講演やパネルディスカッションに耳を傾けた。

【カラー写真】「花場」づくりの活動を支援する関係者によるパネルディスカッションに、大勢の聴衆が耳を傾けた=18日、新潟市の朱鷺メッセ

◇パネリスト
村上雅巳氏  上越市観光局長
松山雄二氏  県立植物園園長
佐久間清隆氏 胎内市チューリップフェスティバル実行委員会事務局
◇コーディネーター
鈴木聖二   新潟日報社編集委員
 

合併で見どころ多く・村上氏/平和でこそ文化育つ・松山氏/活力ある方々を歓迎・佐久間氏
村上雅巳氏
 【カラー顔写真】村上雅巳氏

松山雄二氏
 【カラー顔写真】松山雄二氏

佐久間清隆氏
 【カラー顔写真】佐久間清隆氏

 パネルディスカッションでは「花のにいがた」づくりを進める行政関係者が市民活動との協働などをテーマに話し合った。

−昨年の花人会議では各地の市民グループの取り組みなどをお聞きしてきました。
 今回は行政の立場から、それぞれの取り組みを紹介してほしい。

村上氏上越市は高田公園の夜桜だけでなく、正善寺ダムのアジサイ、高田城跡のお堀を埋めるハス、安塚区の柳葉ヒマワリなど 春から秋まで花を楽しむことができる。桜だけでも、合併によって旧町村ごとにたくさんの見どころがある。 市は今年を「ふるさとアピール年間」と位置づけていて、上越の花を大いにPRしている。

佐久間氏中条町と黒川村が合併した胎内市はチューリップの球根栽培が盛んで、毎年春には チューリップフェスティバルを開催している。会場の長池憩いの森公園には70種類、80万本のチューリップと菜の花の大パノラマが広がる。 今年は期間が4月21日−30日に決まったので、ぜひ足を運んでほしい。

松山氏県立植物園は1998年にオープンし、9年目でやっと植物園らしくなってきた。 開園当初800種だったコレクションは3000種に増えた。普段見ることのできない植物に接してもらい、環境を守ることの大切さを学んでもらいたい。 植物園のある旧新津地区は花き園芸の生産地でもあるので、 花き産業の発展にも貢献したいと考えている。

−花を守り育てるため市民とどのように「協働」しているのか?

村上氏市は予算面でサポートしているが、市民が中心になって活動している。例えば観桜会のイベント「人力車でお花見散策」は、 市民の中から出てきたアイデアだ。正善寺ダムのアジサイは地元の人が守り育て、ライトアップも市民の手作りで行われている。地元の意欲を集約し、 できるだけ生かしていくのが行政の役割だと思っている。

佐久間氏私たちはフェスティバルを生産者中心に農業関係者で開催してきた。これから飛躍するためには、住民や商店経営者、 ボランティアら柔軟な活力ある方々に入ってもらいたい。さらに市直営のホテル、ビール園などとも連携し、エリアを広げることで経済効果を高めていきたい。

松山氏二つのボランティア活動に市民の力を借りている。展示会の開催や標本作りを手伝う教育ボランティアと、 屋外の植物を手入れする栽培ボランティア。植物園のサポーターになってもらう「友の会」も設立した。植物園の周辺にある新潟薬科大や新津フラワーランド、 新津丘陵などを結びつけた「越の森ミュージアム」という構想も考えている。

−最後に花人や今後の活動への期待をお願いしたい。

佐久間氏花人会議を契機として、花の魅力や楽しみ方が広がり、それによって産地が連携して大いに発展することを願っている。

松山氏これからは(花に関する)物語づくりが重要になってくると思う。いまあるものを保存するとともに、新たな品種を創造して いくことも大切だ。江戸時代に花文化が花開いたように、世の中が平和で安定していなければ花文化は育たない。

村上氏地域資源を生かして地域を活性化し、観光振興に結びつけるため、花を活用することは有効な手段だ。 日本人の心は桜と深く結びついており、ぜひ高田の桜を一度見てほしい。

各地で取り組み多彩 新潟発見塾、ライナーバス… 「花人会議」世話人が報告

毎年大規模なフェスティバル  「にいがた花物語」キャンペーンを推進する「新潟花人会議」の世話人となっている県内各地の観光推進組織の代表から、それぞれ活動報告が行われた。
 県観光協会の藤田勝彦課長は、今年は県内各地の花の素材を魅力的に「加工」し、県内外に発信していきたいと述べ、具体的な活動として、写真撮影など、 体験しながら新潟の花と季節を楽しむツアー「新潟発見塾」の実施や、「にいがた花物語弁当」の商品化、「にいがた大人の花旅」の提案などを挙げた。
 新潟観光コンベンション協会の横山裕課長は、4月19日から始まる「1000万本のチューリップキャンペーン」を紹介。
見どころを巡る「チューリップパス」の充実などを例に、政令市を記念して、従来のイベントを組み合わせて、より広域で楽しんでもらいたいと報告。 見て楽しむだけでなく、花絵づくりなど参加する観光への転換を強調した。
 佐渡観光協会の青野伊佐夫事務局長は、多彩な花々を楽しめる「ライナーバス」の4つのコースを紹介。「青い空と海を背景に輝く、黄色いカンゾウを見に 来てください」と呼び掛けた。
 長岡観光・コンベンション協会からは、三つの雪割草の里を結んだ「越後雪割草街道」での取り組みが、上越観光コンベンション協会からは、 「高田城百万人観桜会」で予定されているイベント企画がそれぞれ文書で報告された。
 こうした観光推進組織の活動とともに、新潟花人会議では、昨年同様に県内各地での花人会議の開催を予定。引き続き花人登録を呼び掛けながら、 新たな花場情報を収集し、県内の花関連事業との連携・協力を進めていく考えだ。

【カラー写真】チューリップ球根の産地として知られる胎内市では、生産者らが中心となって毎年大規模なフェスティバルを開いている

基調講演・歌人馬場あき子さん 対話から優しさ育つ 花は古来から身近な存在

基調講演・歌人馬場あき子さん  みなさんの最初の花の記憶は何でしょうか。私はサクラです。小学校に上がる前、家の前に川が流れており、サクラの堤がずっと続いていた。 今は川崎の山の方に住んでいるが、その堤もサクラが植えられている。川のそばにはサクラ−というのは、私の常識になっている。
 水とサクラはとても合う。子どものころ、春になると、空がサクラで真っ白に覆われていたのを覚えている。嵐の風が吹き、吹雪に近い散り方をした サクラが幼心に残っている。
 日本人は古事記、日本書紀のころから、花を意識している。最初に出てくる花は「このはなさくやひめ」というお姫さまの名前で登場する。
 万葉以前のサクラは山の花であり、農村の花であった。満開のときに大嵐(おおあらし)で早く散ってしまうと、麦の花も散り、実がならないことを占 うことができた。
 田舎から比叡山に登ったお稚児さんが、サクラが散るのを見て、父親の畑の麦の花を思って泣いた。一方、都の坊さんは泣く稚児を見て「風流な子だ」と 思った。平安朝では風流な花として、また農村の花としての二つのサクラがあったのだ。
 昔の人々は、さまざまな形で花に心を寄せた。歌人は戦後、どんな花を詠んだか。不思議だが、昭和20年代ごろに出版された歌集には、花の歌がないと いっていいくらいだ。私たちも、花の歌は詠まなかった。
 特に終戦直後、富士やサクラは歌いたくないという気持ちが非常に強かった。1928(昭和3)年生まれの私も、サクラを歌っていない。お国のため に死ぬという教育の象徴になったのがサクラだった。
 私が今の家に引っ越したとき、70歳を過ぎた父に庭の植樹を頼んだ。父は、ウメやザクロなど実のなる木をたくさん植えた。もう故郷に帰ることのない父 が、子どものころを思い出しながら植えた木もかなりあるのではないかと思う。
 みなさんも、一人一人心の中に木を持っていると思う。木を見ると、木の花もものを言うし、私自身もものを言う。木と花とがものを言い合うことで、人 間の優しさも育っていく。
 花との対話が、荒れた世の中の風潮に対する批判の力を持つこともある。花を守るためにも、豊かな日本の風土を荒らしたくないと思う。
<ばば・あきこ氏>
 1928年生まれ。昭和女子大卒。「かりん」主宰。「桜花伝承」(現代短歌女流賞)、「葡萄唐草」(迢空賞)など。
 2003年、現代短歌大賞受賞。1975年3月から日報歌壇選者。 芸術院会員。

【カラー写真】馬場あき子氏

2007年3月22日
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